かつどうきろく帳

てさぐりなブログ。

演奏会をつくる。

 10年以上詩のブログをやっていて、冊子もつくったりしたくらい詩作に妙に執着していたというのに、それが遥か昔のことのように思えるくらい、最近は全く手をかけていない。詩の面白さを、とうの昔に忘れてしまったような心地。そんな私は最近何をしてたのか。

 

 笛です。

 

 もう生活が半分腐ってしまうくらいに笛をやっている現状。そんなに好きなのか私。いや、ときどき嫌気がさすんだ正直言うと。でもなぜか続けている。続けていると、時々運命みたいな音楽や人との出会いがある。だから続けてしまう。

 

 今年に入って、演奏会を自分で作って開催した。とても骨の折れる作業だった。手作り演奏会のマニュアルを書いて配布したいくらい、色んなことを身にしみて学んだと思う。

 演奏自体ではなく、演奏会にまつわる人間関係がとても厄介だった。音楽をやっている人というのは、良くも悪くも目立ちたがり屋が多い。そういう人々が成す編み目をうまいことくぐりぬけなければ、当日の成功はない。

 こじれた人間関係の結び目をなんとか解くことばかりに時間が割かれて、心身追いつめられた。もう演奏会の運営はやりたくないし、そんな機会もおとずれるまい。

 

 そう思っていたら、なんとまたやることになってしまった。断ろうと思っていたのに、結局なんやかやとやっていたら、引き受けることになってしまった。

 いまはその準備を、前回のような思いはしたくない、の一心で進めている。誰も傷つけたくないし、自分も傷つきたくない。音楽は、幸福な時間に包まれているものであってほしいと思いながら、事務作業をしている。

 

 お給料なんて出ないし、出費もかさむのに、私は何をしてるんだろう。今やっていることが、何か素敵なことに繋がっているといいのになぁ・・・。

あたらしい仕事!

 4月から、急に仕事内容が変わることになった。

 新しい分野の仕事をすることになって、急だったこともあり驚きはしたけれど、4月以降がとても楽しみになっている。ずっとやってきた慣れた仕事をのんびりやろうと思っていて、気持ちに余裕のある1年を楽しみにしていた。それなのに、心境は変わるものだなぁと思う。カオス状態の自分も楽しそうだ。給料もあがったらいいなー、なんて呑気に思っている。

 私の仕事が変わることについて、ずっと一緒にやってきた同僚はものすごいショックを受けていた。「へーそうなんだ。まあがんばれ」くらいの反応かと思いきや、来月から辛すぎると言われ、同僚にとって私はどんな立ち位置だったのか分からなくなってしまった。

 てっきり厄介なベテラン(?)的な立ち位置だと思っていたので、私が離れたら少しは楽になるかな、と考えていた。仕事が変わっても部署も席も変わらないから、それほどショックを受けないはず・・・しかし、そう思っていたのは自分だけだったみたいだ。「そんなんだったら辞める!」って言いそうな勢いだったので、これは申し訳ないことになったなーと。自分が望んだ話ではないけれど、一瞬わくわくしていただけに、罪悪感がある。

 私自身は、数年前一気に先輩たちが抜けて、新人さん3人と切り抜けた時が一番楽しかった。上の人たちの態度に萎縮してしまう性格なので、いなくなってものすごい開放感があった。その分ものすごい大変だったけど、失敗に皆で悩んだり、ちょっとした成功で皆で喜んだり、意味分かんない仕事に皆で文句言ってみたり、どれもこれもすごく楽しかった。仕事が嫌で会社に行きたくない〜って思った日は、この時期から今まで1日もない。

 だから、同僚も同じような開放感を感じるものかと思っていたけれど、今回の反応を見て、人それぞれなんだなぁと実感した。今一緒に仕事をしている仲間はみんな大好きだから、4月以降も許される範囲で同僚たちの気持ちに沿って動きたいと思ってはいる。

 

 それにしても、なぜこうも急だったのかが謎。もう少し早い段階だったら、同僚も少しは覚悟できてたかもしれないのに。配置換えはそういうものだ、とはよく聞くけれど、すでにそういうソワソワした時期が過ぎてからの通告は、意外すぎて誰にとってもショックだと思う。私自身についてはポジティブなショックだけど、人によってはネガティブなショックにもなるし、上の人たちにはそういうことも考えてもらいたいなーとは思う。

性格のコントロール

 笛の楽団に参加し続けて、もう3年くらい経とうとしている。1年目は様子を伺いつつ、技術不足に不安を感じながら参加。2年目は振り回されて若干の憤りを感じつつの参加。3年目は・・・すごい勢いで好き勝手させてもらってる気がする。これやりたい!っていう曲を、押しまくってやってもらったりして。さらに、他にもやりたい曲が出てくると、こないだまで押してた曲を退けて、推薦してみたりして。みんな迷惑してるだろうなとは思うけど、やったらやったで面白いじゃんって思ってくれてたら嬉しい。

 

 そんなわけで、すっかり馴染みのメンバーになってしまった。馴染みメンバーの中に一人気になる人がいる。還暦すぎたマダムだ。押しが強い性格で、彼女が苦手だと思ってる人も結構いるみたいだ。実際、私自身も彼女の言い方とか押しの強さがちょっと苦手だ。でも、そんなマダムのことが私は気になる。

 

 なぜ気になるのか、この頃よく考えていた。そして考えながら、マダムは昔の私にすごく似ていることを発見したのだ。自分が無意識に振りまいていた我の強さが、苦手だな〜と感じるマダムに共通してるんだ、と発見した。

 私は我の強かった頃の自分をすごく恥じていて、決して繰り返すまいと毎日過ごしている。自分で言うのもなんだけど、その思いは強い。誰かに何かを押し付けたり、自分のやり方を周りの状況を考えずに押し通したり、とまぁ、今のマダムとほぼ同じようなことをしていた。私に傷つけられた人は沢山いたはずだ。これは憶測ではなくて、確信だ。生きてる限り、反省し続けると思う。

 

 昔の私、と言い切ってしまうけれど、実際はそういうものは切り捨てられないものだ。昔の私は真の私の性格でもあるのだ。押しが強くて、我がまま。今はそれを、コントロールしているつもりだ。きっと、年老いたときには、その性格が爆発してひどい年寄りになるだろうとも思う。

 コントロールしているつもりでも、やっぱり底の方から滲み出るものかもしれない。我がままは、楽団で次から次へと曲を持ち込んでやらせようとしているところでも現れてる。やばいなぁ、年取って自制効かなくなってきたのかなぁとも思うけれど、欲望に勝てない。人によっては、熱意、みたいに受け取ってくれることもあるけれど、そんな良い言葉で包まれるようなものでもない。罪悪感がある。自制できないことに対して。

 

 あのマダムのことを考え始めた当初、反面教師だと思っていた。でも、よく考えたら自分自身の中に、彼女とほぼ同じ性質があって、反面教師への道を突き進んでいる自分を発見してしまった、というわけ。きっと楽団だけではなく、仕事でもそうなんだろうと思う。飄々とした人物のフリをしているけれど、もうだだ漏れだろう。

 抑えなきゃとは思うけれど、そんな努力をしたところで、私は決して良い人間にはなれないのだろうとも思う。どうせならマダムを超える我の強い人間として、好き放題やって生きればいいっていう方法もあるだろうけど、でもなるべくなら沢山の人と楽しく演奏したいし、仲良く生きていきたい。

 というわけで、葛藤中。

ストーブを検討する。

 昨年の11月頃から、新しい住まいを探してみるかな〜という気持ちで動いている。特に必要に迫られているわけではないので、のんびり探すつもりでいる。

 年末から今月半ばくらいにかけて、新築マンションのモデルルームを少し覗いたおかげで怒濤のスケジュールを組まれてしまった。買うのか買わないのか、決断を「明日まで!」とか「来週まで!」と迫られ、買う寸前まで流されてしまった。

 夫は乗り気の暴走状態になってしまい、週末は戦争、平日は冷戦状態。結局買わないことにしたけれど、軽い気持ちで動いちゃだめだな、としみじみ思う。売る方も真剣だから・・・。

 

 決断を迫られる状況から解放され、再びのんびりと、住まい探しをしている。自分たちのペースは、かなりゆっくりだ。相手ペースで考えると血迷ってしまうが、自分たちのペースで考えると「こういう暮らしがしたい」っていうのが徐々に分かってくる気がする。

 そんな中、夫が薪ストーブに興味を持ち出した。毎日ストーブの動画を見て、いいなぁいいなぁ、と一人つぶやいている。ストーブ前で昼寝してぽかぽか暖まりたいらしい。

 しかし面倒くさがり、かつ身体が弱い。私も体力はあるけれど横着者だ。薪ストーブは現実的ではないのだが。まあ、そういう暮らしがしたい気持ちは分かる。子どもの頃、父によくスキーに連れられて行った。スキー小屋の薪ストーブでお湯を沸かして、カップヌードルを食べるのが楽しみで楽しみで。スキー自体は全然上達しなかったけど。火の匂いというか、煙の匂いというか、好きだったなぁ。

 何かいいアイデアはないかな。

 週末はストーブのあるカフェを訪ねてみる予定。

ひとりアンサンブル!

 最近、多重録音アプリを使ってひとりでアンサンブルをやってしまうという楽しみを見つけてしまった。誰かとともにやる楽しみよりも、今は多重録音の楽しみの方が勝ってしまっていて、月数回の練習会に行くのが超絶億劫になっている。

 

 一人って自由で気ままでいい。好きな曲を演奏できて、しかも全部のパートを演奏できるって本当に楽しい。音程も自分だけだからぴったり合うし、音程合わせで終始する苦しみがなくて、気楽だ。まぁ、その分成長はないかもしれないけれど。

 

 演奏できる場や仲間を求めて、探し当てて、これまでそれを楽しんでいた私には、大げさではあるけど、この自由気ままさは衝撃に思えた。自分がやってみたい曲って、大抵は難しそうだったり、長過ぎたり、単調すぎたり、場に合わなかったりで、却下されてしまう。私は私自身としか楽しめないのかも・・・と考えていたけれど、私自身と思いっきり楽しめることが分かってしまった!録音で、私をもう一人増やすことができるとは・・・そうか、そういう風に文明の利器を活用すべきだ(ってもう録音なんて昔からあるのに今さら・・・!)!

 

 そんなわけで、多重録音に熱中するあまり、他の練習をおろそかにしているこの頃。練習にいっても若干生気が抜けているのか、具合悪いのか心配される始末。そんな状態なら辞めてしまったらいいのに、と自分でも思いつつ、貧乏性だしもう少し通ってみようかと思っているところ。。。

ついに健康診断の予約をする!

 健康診断の予約をした。周りがあんまりうるさくすすめるので、気乗りはしないけど受けることにした。

 

 自分の身体の状態にあまり興味がない。身体に興味がないっていうのも変な話だ。謎の病を抱えている夫には、身体を交換してほしい、とよく言われるほど私は丈夫だ。大きな病気をしたこともなく、怪我もしたことがない。風邪をひいても、翌朝には治っている。子どものころは学校が嫌いだったから、具合悪くなると、すぐ治るのに休んでいた。今は仕事が好きだから休む理由もなく、体調不良で休むということがない。

 しかし、母方の親戚にガンで亡くなった人が多く、一昨年は母がガンになったこともあって、将来の自分の健康状態には若干の不安がある。さらに、会社がケチって省略版の健診しかしてくれないので、4〜5年血液検査をしてない。これは自分でも気になるところではあったので、重い腰をあげてみた。

 

 予約の電話をかけたところ、もう半年以上さきまで予約が埋まっているとのこと。世の中の人たちは自分の身体を大事にしてるんだなぁと感心した。しゃーない、半年以上先の予約を、と思ったら今月のキャンセルが入った日に入れてもらうことができた。わぁい!

 というわけで、いきなり今月末の健診を入れたので、特に何かを整えようというでもなく、抜き打ち状態で挑むことになった。現在の状態を知るには、抜き打ちの方が逆にいいのかもしれない。

 

 健診といえば、先日人間ドッグを受けた夫は毎日のように検診結果の数値とインターネットを見比べている。正常値をちょっと上回ったり下回ったりしているのを見て、もうすぐ糖尿病になってしまうかも、とか、肝臓がダメかもしんない、とかぶつぶつ言っている。傍から観ていると、神経質だなぁと思ってしまう。

 あれを食べちゃだめ、これを食べなきゃだめ、とかどこから情報を得てくるのか、生活に制限を掛け始める。食事を作る方にしてみれば少し面倒な話だが、本人が不安がっているのだから付き合ってやらねばなるまい。

 不健康に至る可能性がある道を断って、完璧な健康を目指すって大変だなぁと思う。私自身は色んなものを食べ、普通に生活していれば、いいことあるかも、ぐらいしか考えてない。完璧に健康であっても、結局死んでしまうのは同じこと。そんな風に思ってしまう私は、原始的なんだろうな。

 

ついに楽器を買う!

 ゴールデンウィークということで、とくにどこかに行きたいわけでもなかったんだけど、いい機会だからと思ってリコーダーを買いに東京・銀座まで行ってきました。住んでいる地域に販売店があるといいのだけど、木製のを置いているお店が1軒もないようです。ネット通販で手に入れるのもいいのですが、実際目で見て買いたいと思っていたので、楽器購入費用に交通費がどーんと上乗せ。ついでに久々にあちこち訪ねてみよう、と思うと宿泊費と食費と諸々が上乗せされ、気づけばすごい出費になってしまいましたが・・・。

 

 これまでリコーダー関連で知り合った人たちに「木製リコーダーいいなぁいいなぁどうやって選んだんですかそれー」と尋ねると、「いくつか試奏すると、『自分にしっくりくる音』が出る楽器が分かる」という答えが返ってくることがありました。自分にはそんなの聴き分けることができないと思ってたけど、不思議なことに分かるんだ、と。

 そのことが頭にずっとあったので、わたしにも運命的に出会える楽器があるんだろーか、と考えていました。

 

 地下の銀座駅から街に出ると、通りいっぱいがとてもよい香りで満ちていました。歩いている人たちも、なんとなく華やいだ雰囲気をまとっていて、こういうところで楽器買えるなんて幸せだなーって思ったりする私。

 ヤマハ銀座は、建物自体が美しいことは知ってたのですが、自分には縁がないと思ってたので、訪れる機会がやってきたこと自体嬉しかった。建物の内装も美しくて、まるでコンサートホールが形を変えて、迷宮をつくってるような印象。そのメイズの中に、楽譜や楽器や音楽に関わる物事が置かれているという、鼻血が出そうな場所でした。

 

 で、肝心のリコーダーですけれども、選び方も買い方もわからなかった私は、すぐに店員さんにヘルプを出しました。明治か大正のとてもよい時代に生きていた青年みたいな風貌の店員さんが選定の手助けしてくださって、不安でいっぱいだった私としては本当にありがたくってありがたくって(TT

 ソプラノとアルトを購入したのですが、正直ソプラノを選ぶときは「よくわかんなかった」です。試奏しても、どれも同じに聴こえるし、吹いた感じも違いがわからなかった。手頃な値段の、好きな色で選んでもいいかなーと思ったわたしは、モーレンハウエルというメーカーのカステロなる材質のものを選択。ヤマハの接続部が人工象牙のやつもすごく好きな雰囲気だったのですが、色も名前もおいしそうな方を選びました。

 この時点で「私と楽器には運命的な出会いってないんだなー」とちょっとテンション下がり気味になっていた私。内心、自分の感覚の鈍さにがっかりしつつ、アルトの選定へ。

 ところが、一番最初に紹介していただいたアルトを試奏したとき、「これめちゃめちゃいい音!」となぜだか強烈に感じました。お、これが運命ってやつか?と落ち目だった気持ちが徐々に高揚してくる・・・。次、さらに次、と紹介していただくのですが、一番最初に吹いたものが気に入っちゃった私には、もう多分他の楽器の音を聴いてもあまり心に響かないわけです。というわけで、タケヤマというメーカーの楓材のアルトに決定しました。

 多分30分ほどで約10万円のお買い物を決めてしまいました。高い買い物ってそんなもん?こんなどでかい買い物は初めてなんですが、こんな短時間で決めた自分にびっくり。んでもって、多分みんなが言ってた「運命」が、自分にもあったのかもしれないことが嬉しくって、貯金の首ったまがぶっとんだけど全然後悔してません。

 

 というわけで、初楽器購入の旅を無事に終えて帰ってきました。少し小さめの音で吹いてみましたが、よくわかんなかったソプラノも、吹き込んだ息が全部きれいに音になっているような感覚があって、「これ選んでよかったかも」と満足してます。