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かつどうきろく帳

てさぐりなブログ。

彼女の迷宮入り

 試用期間、という言葉を強く意識したことは、あまりない。「そういえばそういう言葉があった」というくらい。初めて就職した時は、6ヶ月の試用期間を意識したかもしれない。でも、6ヶ月過ぎたあたりに何か儀式的なものがあったか、というと覚えていない。お試し期間の終了はぼんやりしたものだった。

 それからいくつかの会社を転々とし、それぞれ数年ずつ在籍した。転々としてはいたけれど、試用期間で切り落とされたことはなかった。求人票に書かれている試用期間とは、形式的なものだと思っていた。会社が求人票を作成するに当たって、書けと言われてしぶしぶ書いているようなものか、と。採用された後、「形式的ではありますが、一応試用期間は3ヶ月です」的なことを言われたことがある。賢くないわたしは、「形式ですか、そうですか」と鵜呑みにしていて、燃え上がる向上心もとくに持たずに淡々と仕事をした。

 なぜこんなことを、思い出したように記しているかというと、友人からこの「試用期間」に苦しめられている、という相談を受けたからだ。

 誠実で、勉強家。プラス思考で明るい人。それが彼女の印象。とても几帳面で、その几帳面さだけが心配な点だ。わたしは、自分が彼女とそれほど親しい間柄とは思っていなかったから、何年もまったく連絡をとっていなかった。彼女にとってはどうなんだろう。ある年から定期的に連絡が来るようになった。他愛もないことを話す。でもきっちり30分で切るあたりは、彼女の几帳面な性格の強烈さが見えるみたいだと思った。

 そんな彼女が、最近「試用期間」に苦しんでいる、とわたしに電話をくれるようになった。今までは数ヶ月に一度くらいの電話だったのに、週に一度くらいの頻度になった。しかも時間制限をかけない。かなり困っているんだな、と思う。

 実は、昨年彼女は大きな決断をしたのだった。それは、これまでやってきた仕事を全部真っ白にして、自分が幼い頃から夢見ていた職業を目指して0から始めるという、無謀な決断だ。既に守りに入る年齢となったわたしは、その転職報告を受けるなり、「えー!」と叫んでしまった。

 以来、彼女は3ヶ月ごとに首を切られては別の会社に入る、ということを繰り返している。4社目からも放り出されたことを半泣きで報告してきたときは、あまりに可哀想で、アドバイスも何も言葉として出てこなかった。何よりも彼女のお財布具合が心配で、もう諦めて元の職種に戻ってコツコツやりなおそうよ、と言ってはみたものの、彼女のプラス思考がそれを遮ってしまうみたいだ。

 彼女によれば、試用期間の設定は各会社それぞれ違うようで、6ヶ月だったり、3ヶ月や1ヶ月ということもある。期間終了が間近なころに「これまでの間に戦力となっている必要があるのに、あなたはそれに達しなかった」、と告げられるのだとか。確かに、即戦力でなければ厳しいだろうとは思うけれど、やっぱり世の中厳しいものだ。

 これまで聞いてきた話から推測するに、試用期間で切られ続けていると、短期間の職歴しか持つことができないから、「仕事を長く続けられない人」と判断されてしまう可能性もあるんじゃないだろうか。彼女がもし、その螺旋の中に迷い込んでしまったらこの先どうなるんだろうか。いいや、多分もうその中に入ってしまったんだろう。

 でもわたしは、こんな風にさまようことになってしまった彼女の、あの決断を笑えない。はじめるということに年齢は関係ない、みたいなきれいな言葉をわたしも信じていたからだ。でも、老いてから夢を追うことは、場合によっては破滅にもなりかねない。彼女を通して、それをひしひしと感じる。